野田洋次郎は何を見ているのか。――「ラリルレ論」を読んで


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あなたは、日記を書いたことがあるだろうか?幼稚園や学校で出された宿題以外で毎日のように日記を書いたことがある人は少数派なのではないかと思う。では、自分以外の誰かの日記を読んだことはあるだろうか?この質問にYESと答える人は、おそらく先程よりもずっと少ないだろう(ブログは別として、だ)。

『ラリルレ論』は、RADWIMPSのギター・ヴォーカル、野田洋次郎の日記だ。彼の書く詞はほとんどが実体験を元にしているというけれど、そして野田はデビュー後しばらくの間自身のブログを頻繁に更新していたけれど、今の彼の生活はファンからしてみても正直謎に包まれている。

そんな彼の2014年2月から7月まで、半年間を赤裸々に記録したのがこの本である。本来人目に触れるものではない、その人の内面を覗き込むような気分で、ゆっくりとページを開く。

「RADWIMPS GRAND PRIX 2014 実況生中継」Trailer From RADWIMPS Live & Document 2014「×と○と君と」

書かれているのは、「RADWIMPS GRAND PRIX 2014 実況生中継」というツアー中の出来事。その日のライヴでどう感じたか、合間の日常で何が起きたか、ニュースを見て何を考えたか。

恋愛観、結婚観、死生観。友達のこと、メンバーのこと。「ファン垂涎!」なんて煽り文句をつけたくなるようなバンドマンならではの日々から、思わずページを捲る手が止まってしまうほどに個人的な思いまで、RADWIMPSの歌詞を彷彿とさせる鋭い言葉で綴られている。

最初の方を読んでいて驚いたのは、お客さんとのやりとりが綴られていることだ。聞こえてるんだなぁ、覚えてるんだなぁ、あんなにワイワイ言ってた言葉を。自分でも「記憶力がいい」と書いているけど、多分それだけの問題ではない。野田は、一人ひとりの思いを全部受け止めようとしているんじゃないだろうか。

「RADWIMPSの歌詞を彷彿とさせる鋭い言葉」と、上で書いた。RADWIMPSイコール歌詞が深い、みたいなイメージは未だに根強い。実際、彼の紡ぐ歌詞はとても独特だ。だけど、「言葉自体に個性はない」と野田は言う。本書でも、「僕はミュージシャンでありシンガーでありアーティスト。作詞家じゃない」という言葉がとても印象的だ。

その一方で、本書を読んでいると、やっぱり野田は言葉を大事にする人だと思った。スタッフへの想い、メンバーへの想い、ファンへの想い、”あの人”への想い。言葉という道具を使って、野田はその全てを残そうとしているように見える。

もう一つ印象的なのが、野田が毎日のように書いている「眠るのに時間がかかる」ということ。何となく眠れないまま過ごす深夜は、何かを考えるにはうってつけだ。実際、野田はその時間を使って日記を記している。そして、その時間に考えることには誰だって波がある。

野田の場合、それが特に強いんじゃないかと思った。溢れんばかりの幸せを噛み締めたり、言いようのない寂しさに襲われたり。そんな感情の波を正面から受け止め、立ち向かおうとしているからこそ、彼は言葉を使う。そしてこういう曲を書くのだろう。

会心の一撃 RADWIMPS MV

私がRADWIMPSというバンドと出会い、野田洋次郎の曲に惹かれたのは中学生の頃だった。その頃からずっと、「この人には世界がどんな風に見えているんだろう」と考えていた。おそらく、多くのRADファンが同じ疑問を持ったことがあるだろう。この本を開いた時は、その問いへの答えが見つかるんじゃないかと思っていた。だけど、最後まで読み切っても結局そんなことは分からなかった。

ほんの少し見えたような気がしたのは、野田洋次郎という人間がどれだけ弱くて脆いかということだった。だからこそ、全てとまっすぐに向きあおうとしているのだと思った。ものすごいカリスマ性を持ってるけれど、彼だってただの人なのだ。

それが分かったからと言って、別にどうということでもない。今まで通りRADのファンは彼の曲を聴くだろうけれど、野田洋次郎は我々にとって決して身近な存在にはならない。日記を介して、曲を介して我々は野田の見る世界を追体験する。これからも、その図式は変わらないし変わる必要もない。30歳、そしてその先の野田が何を見るのか、これからも我々は追い続けるしかないのである。

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